大きな取引の危険性 (Aaron Harris)

スタートアップにとって、「大きな取引」ほど危険な物はそうありません。ここで言う「大きな取引」とは、大企業が成立させるような物とは違い、会社の寿命/倒産/成功などを完全に左右してしまうような物のことです。創業者は自分自身を騙し、大きな取引を1つ成立させることができれば、自然と会社は大きくなると信じ込んでしまいます。そのように信じ込んでしまうことで、多くのスタートアップが倒産したのを私は見てきました。

大きな取引の見込みがあると、創業者は他のより差し迫った課題を避けてしまうようになります。大きな取引を1つ成立させることだけが重要なことだと思い込んでしまうと、他の顧客と話すことがそれほど重要ではないように思われてしまうものです。そのような顧客は相対的な規模で考えれば重要であると言えるはずもないがために、無視されてしまいます。同時に、創業者は製品の進展が遅いことを、「大きな取引が成立しない限り、製品に多大な時間をかけることにあまり意味はない。なぜなら大きな取引が成立すれば全てが一度に変わるからだ」という風に正当化できるようになってしまいます。

投資家の多くは創業者に対し、大きな取引が成立すれば、大規模なラウンドで資金を全て出してやると告げることで、この問題を悪化させています。投資家としては、これは間違った行動ではありません。なぜなら彼らはキャピタル・リスクを一切負う必要がありませんし、創業者が本当に大きな取引を成立させた場合、投資家は「君ならできると言っただろう!資金はここだ!」と言うことができるからです。

創業者が大きな取引に頼りきるのを避け、しかし一方で数々の大きな取引から利益を得ている例で、私が一番気に入っているのはPlaidのZach Perretのやり方です。彼は開発者を収益の基盤とする一方で、大銀行との大きな契約に取り組んでいます。彼はPlaidがいずれ、銀行と直接契約を結ぶ必要があることは分かっていました。彼はまた、そのような契約を18-24カ月以内に結ぶことは、小規模なスタートアップには絶対にできないことも分かっていました。私が一緒に働いてきた会社の多くは、このような銀行との契約を唯一大事な物と考えるようになり、それを実現するために自分たちの事業における他のあらゆることを無視するようになってしまいました。

Zachは異なるアプローチをとりました。この問題を解決するため、彼は銀行との話し合いを始めるのと同時に、開発者が銀行の口座情報へとアクセスするためにお金を払うような製品を開発したのです。彼は開発者を相手にすることで会社を成長させ、収益を得ました。そしてそれらによって、大きな取引を成立させられるまで持ちこたえられるだけの資金を調達できるような会社を作り上げ始めたのです。このやり方はうまく行っています。

大きな取引を追い求める創業者の多くは、Zachが行ったようなことをしていません。それどころか、彼らは漸進的な増収や小さな進歩を無視してしまいます。なぜならそういった物は、彼らが将来得ることができると信じている物に比べれば、取るに足らないように見えるからです。彼らが見落としているのは、進歩とは相対的な物であるということです。会社が創業されたばかりの頃は、どのような進歩も素晴らしい物だといえます。その進歩が申し分ない物であれば、会社は勢いをつかみ始め、重要な取引を追い求めるだけの時間と空間を得ることができるようになります。そのような取引の中には、大きな取引と言えるような物もあるかもしれません。しかしそれらも、会社の進歩全体の中で考えてみれば、そこまで大きい物には見えないことでしょう。

私が多くの時間を費やしたある会社は、常に大きな取引を成立させる寸前にあるかのように見えました。必要なピースは全て揃っているかのように思われたのですが、最終的な取引の成立をあと少しのところで逃してしまっていたのです。私達の誰もが、いずれ自分たちは成功するのだと考えることで、何度も自分を欺いていました。そうすることができてしまったのです。

そしてついに、1年に亘る交渉の末に取引が成立しました。私たちはこれを勝利だと考えたのですが、その後、全く新しい問題を抱えることになってしまいました。契約を実際に実行するためには、その会社には不可能な、全く新しい一連の要件を達成しなければならなかったのです。取引は成立したかのように見えましたが、実際には実現する可能性なんてなかった、というわけです。

この件や、私が失敗するのを見たほかの大きな取引において、何が間違っていたのかを分析してみましたが、うまく行かなかった理由として明白な物は少ししかありませんでした。根本的な問題は、大企業と小規模なスタートアップの間に、大きな取引の可能性をほぼゼロにしてしまうミスマッチが存在していることです。

まず、大企業がこうした取引を遂行する際に優先することは、小規模なスタートアップとは異なっています。大企業は今後生じる利益や、効率の改善に期待して、提供されるサービスに興味を持つかもしれません。一方でそうした会社の重役は、あなたの会社に何らかの価値があるかどうかを算出し、買収できないかどうかを考えているかもしれません。ほとんどの場合、スタートアップはその取引だけが問題になると考えています。それにより、期待と目標に対する、克服できないミスマッチが生じてしまうのです。

次に、大企業が取引を実行する際には、多くの手続きがついてまわります。こうした手続きは通常、様々な部署の関係者が関わってくるものであり、その数はひたすらに増え続け、それぞれが異なった要求をしてきます。このため、取引が進むにつれ、スタートアップは全く新しい関係者を説得し、彼らの指定に合わせた新しい製品を開発しなければならなくなる可能性があります。誰かが対抗しない場合、これにより再利用ができないカスタマイズが増え続け、それらの開発のために時間とお金が費やされてしまうことになります。大企業は待てるだけの余裕がありますが、スタートアップにそんな物はありません。

私は、自分がこの理論を定期的に思い出す必要があると考えています。なぜならこうしたことで以前、私は賭けに失敗しており、それを繰り返してしまうことを私は恐れているからです。大きな取引がもうすぐ成立すると、自分自身を信じ込ませるのは簡単なことです。なぜなら、成果が手段を正当化してくれるように思えてしまうからです。

私が知っている中で、スタートアップのまま大きな取引を着実に成立させる他の唯一の方法は、何らかの大きく、アンフェアともいえるアドバンテージを持つことです。非公開で何千万、何億ドルと調達できる創業者はこの良い例です。ほとんどの創業者は、こうしたことが自分に当てはまるかどうかを知っています。当てはまらないのであれば、そのようなことに賭けるべきではありません。

創業者が自分たちの本当のアドバンテージについて理解しており、それらを効果的に使って会社を作り上げ、大きな取引が可能な段階にまで持っていくという方が、私はよほど好みます。こうすることで創業者は、自分たちを魔法のように大きくしてくれる外からの力に頼ることなく、自分たちの運命を自分たちで管理することができるようになります。創業者は自分の運命を可能な限り自分で管理することを望んでいるべきです。自分の運命を管理することを放棄して幻想を追い求めたとしても、大体の場合は悪い結末を迎えます。

 

Craig Cannon、Dalton Caldwell、Zach Perret、Kaz Nejatian、そしてGeoff Ralstonに対し、本記事の執筆を助けてくれたことを感謝します。

 

著者紹介

Aaron Harris

Aaron は YC のパートナーです。彼は Y Combinator から投資を受けた Tutorspree の共同創業者でもあります。Tutorscpree より前に、彼は Bridgewater Associates で働いており、分析グループのプロダクトとオペレーションを管理していました。また Harvard で歴史と文学に関する AB を取得しています。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文:  Big Deals (2018)

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