自律運転車とその二次影響 (Benedict Evans, a16z)

いま、自動車産業で進む根本的な技術変化は2つあります。それは電動化と自律運転化です。電動化は今まさに起きています。これは主にバッテリー価格の下落によるものです。一方で自律運転化に関しては、少なくとも完全自律運転化はもう少し先の話です。おそらく5年から10年先のことで、いくつかの相当難しいコンピューターサイエンス上の問題がどれだけ早く解決されるかにかかっています。この二つの変化は、多くの変数に影響を受けつつも、 (現在の) およそ11億台という世界の自動車在庫数全体へと数十年間かけて波及していくことは必至です。そして両者ともに自動車産業とその供給業者だけでなく、テクノロジ産業の一部をも完全に作り変えます。

電動化と自律運転化のどちらも、自動車産業自体にとどまらない広範囲にわたって影響を及ぼします。現在の世界における石油生産のうち半数はガソリンに回されています。その需要が失われれば工業的な影響はもちろん、地政学的にも影響が出ます。世界中で毎年、100万人以上の人間が交通事故によっと命を落としています。大半はヒューマンエラーによるものですが、完全に自律運転化された世界ではその全て (そして、それ以上の数の死傷者) も解消されるでしょう。

しかし、二次的・三次的影響について考えることも価値があります。そしておそらくは、そのほうがより魅力的です。電動への移行にはガソリンタンクがバッテリーに置き換わる以上の意味があり、自律運転への移行にも事故を無くす以上の意味があります。その影響とは一体どんなものかを予測するのはずっと難しいことです。よく言われるように、自動車所有の大衆化を予測するのは簡単でも、ウォルマートの出現を予測するのは困難でした。そして、電動と自律運転への移行によるもっと広い範囲での影響は、非常に広く行きわたっているいくつかの産業と複雑に絡み合った形で現れてくるでしょう。とは言え、少なくとも何らかの変化が起こるかもしれない分野を指摘することはできます。自動車修理、商業用不動産、バスについて、私には何が起こるのかは分かりません。それらの専門家でもなければ、誰がそうなのかも知りません。ですが、そこで何かが起こるということはできます。それはもしかすると、大きな事態かもしれません。そのようなわけで、この記事では何が起きるのかについてではなく、起きる可能性がある分野とその理由について、参考文献へのリンクを交えながら説明していきます。

電動化

電動化への移行は自動車の可動部品数をおよそ1ケタ減らします。燃料タンクをバッテリーに置き換えるというよりも、むしろ背骨を引き抜くようなものです。それは自動車産業とその供給基盤 (さらに工作機械などの関連産業) を作り変える一方、修理環境、そして車両の耐用年数もまた変化させます。アメリカにおける自動車メンテナンスにかかるコストのうち、ほぼ半分は内燃機関に直接起因する部品で発生します。そのコストの大半がきっと無くなるはずです。長期的に見ると、この変化が車の寿命に影響を与えるかもしれません。オンデマンドの領域において、車による負担は高めでした。しかし、それが無くなれば、機械的な破損が減少すること (そして事故が少なくなるか、ゼロになること) により、いったん技術実装率が落ち着くと、その交換周期が長くなるかもしれません。

  アメリカ労働省労働統計局「自動車メンテナンス統計」自動車関連業の雇用者数

次に、ガソリンはガソリンスタンドで購入されています。アメリカ国内にはおよそ15万軒のガソリンスタンドがあります。これもまた失われるでしょう (ただし、電気自動車の充電にかかる時間に根本的な変化があった場合を除きます)。ガソリンはとても少ない利益率で販売されているため、ガソリンスタンドは実のところ、コンビニエンスストアとして収入を得ています。では、そこで販売されている製品には何が起きるでしょうか? この需要の中にはその他の小売店へと移るものもあるでしょう。いずれにせよオンラインショッピングへと移るものもあるかもしれません (特に、Amazonのドローンが一袋のスナック菓子を15分以内に届けてくれるようになった場合はそうなります)。ですが、スナック、炭酸飲料、タバコの売上はガソリンに付随する衝動買いとして売上全体の中でも重大な割合を占めます。その売上高の一部が消失するかもしれません。

とりわけ興味深いのがタバコではないでしょうか。アメリカにおけるタバコ売上のうち、半分をはるかに上回る数がガソリンスタンドによるものです。また、タバコは販売を無くせば消費も減るという重要な指標もあります。つまり、タバコは衝動買いされることが多く、目の前になければ、それを買う可能性が低くなる喫煙者も多いということです。アメリカでは自動車事故で年間3万5000人が命を落としていますが、タバコによる死者は50万人です。

  疾病対策センター「喫煙による死者数」利用可能性が需要を変化させるガソリンスタントのタバコ売上数

ガソリンは課税を受けます。アメリカでは他の多くの先進国市場に比べてはるかに少ない額です。例えば、イギリスでは税収の4%となっています。その税収も、より融通の利くものに対する別の税金で代替しなければならなくなります。また、それに対する経済的影響や政治的影響も存在するでしょう。例としてアメリカでは、高速道路の一部が1993年以来、インフレーションに見合うように引き上げらていないガソリン税で賄われています。仮にそれを実質ベースで横ばいのままに保つことが政治的に不可能だった場合、そのための税収をアメリカ経済の他の部分から得ることがどれほどの困難となるでしょう。

逆に多くの場所 (とりわけ新興市場) では、石炭、ガソリン、灯油といった燃料に対して国から補助金 (光熱費用。例として、インドの灯油補助金を参照) が出ています。一方では電気自動車、他方では太陽光発電がこの状況を同じく変えるかもしれません。

  国際通貨基金「エネルギー補助金」イギリスの税収アメリカのガソリン税世界銀行「世界のガソリン税」

その一方、当然のことながら、私たちはやはり電気自動車を充電する必要が実際にあることでしょう。ほとんどの推定によると、完全電気自動車の充電によって電気需要が10%から20%高まる結果となることが示唆されています。ところが、それは電気自動車がいつ充電されるかに大きく左右されます。それでもなお、出力が変化したり、もしかすると地域配電が変わる可能性もありはしますが、オフピーク時に充電されるのであれば、なおも全発電量の増加は必要ないかもしれません。このような形で発電が転換することによるカーボンインパクトはかなり複雑です (例えば、フランスでの発電は現在、75%以上が原子力に由来しています)。しかし、原則として、少なくとも一部の送電系統における発電は今やほぼ常に再生可能エネルギーに由来しています。

より憶測に基づく見方として (そしてこれは Elon Musk のビジョンの一部でもありますが)、全ての家庭で大型バッテリーを所有し、車の充電と家への電力供給のためにオフピーク時の電力を蓄える状況もあり得ます。ここでの目標の一部は、バッテリー容量を押し上げ、それによって家庭蓄電と車にかかる費用を同時に抑えるということになるでしょう。もし誰もがこのようなバッテリーを持っているならば、これはピーク需要向けの発電能力を構築するという現在のモデルに対しても影響を及ぼすかもしれません。私たちが有意な量の電力を蓄えることにより、歴史上で初めて発電所を補完できるためです。

  電気自動車の発電に関する研究の要約イギリス政府調査「充電インフラのための選択肢」

自律運転

自律運転が導く実に明確な帰結は、事故をほぼ廃絶することです。世界では毎年100万人を超える人々が事故で命を落としています。アメリカでは2015年に1300万件の衝突事故があり、そのうち170万件で死傷者が出ました。負傷者は240万人、死者は3万5000人です。現在、全事故のうち90%以上が運転手の過失によって引き起こされています。また、アメリカにおける死亡事故の3分の1はアルコール関連です。死傷者自体の先にあるものを見てみると、これらの事故には多大なる経済的影響も存在します。アメリカ政府は物的損害そのもの、医療・救急サービス、法務、失業、渋滞など、全体で2400億ドルのコストがかかっていると推定しています (ちなみに、アメリカにおける2016年の自動車売上高はおよそ6000億ドルでした)。同様のイギリスによる分析では300億ポンドのコストがかかることがわかりました。これは人口で調節した場合、アメリカの場合とおおむね同等です。そしてこれは政府 (つまり税金)、保険金、個人のポケットマネーによるものです。もちろん、それは勤め口も意味します。

シンプルな「レベル3」システムでさえ、多くの種類の事故を減らすでしょう。そしてより洗練されたシステムを備えた車両がさらに増え、レベル5にまで上がり、設備基盤へと徐々に浸透していくにつれて、衝突事故率もどんどん下がっていくでしょう。「集団免疫効果」に似たものが存在するはずです。たとえあなたの車がまだ手動運転だったとしても、私の自律運転車があなたの車に衝突する可能性はやはりはるかに低くなります。これはサイクリングもずっと安全になるであろうことも意味します (それでもやはり、行きたい場所から十分近くに住む必要はあるでしょう)。そして、それが今度は全住民の健康に意味をもちます。事故がゼロになることは決してないかもしれません。車の目の前に飛び出してきた鹿がはねられることもやはり時にはあるかもしれません。ですが、かなりゼロに近くなる可能性もあります。

  アメリカの衝突事故統計自動ブレーキの効果アメリカの衝突事故による経済的影響イギリスの事故にかかるコスト歩行者の死亡についての分析衝突事故に対するレベル3の効果ロンドンにおけるサイクリングの将来性

次に、車の設計に影響があります。もし衝突事故がなくなれば、いずれは現在の車に搭載されている安全機能の多くを取り除くことができます。あらゆる安全機能はコストと重量を引き上げ、設計全体を制約します。もしかすると、もはやエアバッグもクラッシャブルゾーンも要らなくなるかもしれません。10年前にアメリカ運輸省道路交通安全局 (NHTSA) が行った推計によると、同局が命じる安全対策は合計で839ドル (2002年時点、現在の価値で1,136ドル) のコストと125ポンドの重量を増やしています。これは平均コストと平均重量、それぞれの4%に相当しました。これがおそらく下限です。もちろん、それは人による運転を取り除いた結果としての設計に他の変更が一切ないことを仮定しています。それはさながら、自動車が「馬なし馬車」と呼ばれていた時代に、馬車から手綱が無くなる以外には何も変わらないだろうと考えるようなものです。

  NHTSA「安全対策にかかる費用」

では、他に何が変わるのでしょうか?

コンピューターによって運転される自動車が増えれば増えるほど、それらは異なる方法で走れるようになります。交通波に悩まされることもなく、交通信号で停車する必要もなく、車列を組んで走れます。車間距離2フィート、時速80マイルで安全に運転できます。特に高速道路では、交通容量を減らすようなあらゆる種類の人間行動が存在します。単に人間が間違いを犯すというだけでなく、コンピューターは完璧な人間のドライバーとも全く違う形で運転できるということでもあります。以下の動画はこのような問題の一つを説明しています。高速道路で交通渋滞に捕まった経験のある人にとってはお馴染みの、先頭にたどり着いても明らかな原因が見つからないという状況です。つまり、人間の行動が交通波を生み出し、それが「自然渋滞」を生じさせます。コンピューターはこれを起こさないでしょうし、仮に起こしたとしても、私たちはそれを止められるかもしれません。

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完全に自律運転化された道路網は交通を変えますが、それは流体力学の観点からではなく、回路交換型からパケット交換型へ、もっと正確に言えば、時分割多重アクセス方式から符号分割多重アクセス方式へと変えるものです。レーンもなく、分離もなく、停止距離もなく、(もちろん歩行者横断用を除く) 信号もなければ、交通パターンも大きく異なります。

明らかに、この全てが渋滞と交通容量にも何らかの影響を及ぼすでしょう。たとえ運転行動の違いから生じる変化が何もなかったとしても、事故自体が渋滞の原因のうち、3分の1です (推定値によってかなり異なりますし、高速道路か、市中心部かによっても話は変わります)。とは言え、全体としてはどれほど変わるのでしょうか? 高速道路はさらにどれだけの交通量に耐え得るのでしょう? 朝、学校へと向かうとき、同じスピードで運転しながらも、そこに誰かがいる場合に備えて一時停止標識ごとに止まる必要がなかったとしたら、さらにどれだけ迅速に到着できるのでしょう? これから明らかにしていきましょう。

  OECD「渋滞の原因」自然渋滞ロンドンの交通 (170ページ「渋滞」)

しかし、自律運転の交通と渋滞に及ぼす影響は、ただ運転自体をより効率化すること以上に複雑です。自律運転は交通容量を増やすはずですが、交通容量の増加がさらなる需要を誘発することが長らく知られてきました。つまり、交通容量が増えれば交通量も増えるということです。渋滞を減らすと、新たな移動が生まれるか、公共交通機関から切り替えることで運転する人が多くなります。そして渋滞の数は当初の状況まで再び上昇するかもしれません。逆に言うと、交通容量を削ぐことが実際には渋滞の減少という結果をもたらす可能性があります (そしてここにも、例えばブライスのパラドックスのような、さらなる複雑性が存在します)。そのため、自律運転は私たちに交通容量の増加をもたらしますし、ある程度まではそれにお金もかかりません。なぜなら道路を建設する必要がなく、ただ全ての人が新しい車を買うのを待てばいいからです。しかし、それが私たちに利用の増加ももたらします。

自律運転が交通容量と需要の両方を増加させることになるもう一つの理由が駐車です。もしも歩いて行ける距離に車を停めておく必要がなく、それ以外の場所に停めてもいいとしたら、それはより効率的と言えるのでしょうか? それは土地利用や交通ルートの向上を実現するのか、それによって渋滞は増えるのか、それとも減るのか、疑問が生じます。そして同時に、交通、走行、さらには駐車を効率化しようとして行う全ての行為がさらなる需要を生み出す傾向にあります。

そのため、現行の駐車モデルは明らかに渋滞の元です。密集した都市部における交通量の10%以上が駐車スペースを探して巡回する人々に由来しているとともに、路上駐車が事実上、交通容量を減らしているとする研究もあります。自律運転車は他のどこかで待機することができます。またオンデマンドカーはあなたを降ろしてから別の人々を迎えに行きます。他方、これらのモデルはどちらも新たな移動を生み出します。つまり、自家用車もオンデマンドカーもあなたを迎えに来なければならなくなるはずです (とは言え、車は自律運転化することになるため、整然と列を形成することになるでしょう)。ですが、オンデマンド配車の密度が十分であれば、あなたが乗り込む車はすでに通りがかっているかもしれません。あるいは50フィート離れたところで他の誰かを下ろしていた可能性もあります。それも全ては利用率次第です。

駐車そのものは交通と渋滞における動態の一部としてではなく、コストや土地利用として重要です。先に述べたとおり、駐車は路上で行われている場合もあります。そのため、これを無くすことで交通容量は増加しますし、歩行者用のスペースを増やす余地も生まれます。駐車は職場か小売店で行われる場合があります。あるいは都心だとその方が一般的です。したがって、その土地は別の目的で利用可能となります。そして、住居で行われる場合もあります。路上で行うか (この場合もやはり交通容量を食います)、私道、ガレージ、駐車場、立体駐車場で行うかのどちらかです。後者は住宅のコストを増加させます。この場合の極端な例はロサンゼルスです。ロサンゼルス郡に組み込まれている土地のうち、14%が駐車用に使われていると推定されています。新規開発への駐車スペースの追加は建設コストを押し上げます。駐車用ビルにはお金がかかりますし、駐車場のために土地を空けておくのも同じことです。オークランド (サンフランシスコ・ベイエリア) の研究では、政府によって義務付けられた駐車場要件が建設コストをアパートごとに18%押し上げていたことが判明しています。ロサンゼルスに話を戻すと、地下駐車場をショッピングモールに付け足すと建設費が2倍になるかもしれません。新規建設にかかるそれらのコストを無くすとともに、そのスペースを新たな用途で利用できるようにした場合、それは都市に対してどのような影響を及ぼすでしょうか? それが住宅価格、あるいは商業用不動産の価値にどう作用するのでしょう?

  ロサンゼルスの駐車駐車コストに関する研究の要約ロサンゼルスにおけるコストChesterらによる「駐車コスト」リスボンの研究

このようなテーマのかなりの部分がオンデマンド配車の可能性に絡んできます。オンデマンド配車による移動から人間のドライバーにかかるコストを取り除くと、そのコストは4分の3だけ低下します。ひとたび事故率が低下して、保険にかかるコストも削除または削減できた場合、コストはさらにもっと下がります。そのため、自律運転化はオンデマンド配車にとっての推進剤と言えます。これにより、さらに多くの人々は車なしで済ませたり、所有を1台に絞ったり、好きなタイミングで自宅に車を置いたまま、オンデマンド配車で移動したりといったことをもっと簡単にできるようになります。

これは明らかに駐車に対する影響があります。職場やレストランまでオンデマンドカーに乗車することで都心の駐車場が無くなります。また、車を所有せず、全てをオンデマンド配車で代替することで住宅用駐車スペースに対する需要もなくなります。そして先に述べたとおり、駐車スペースを探す代わりにオンデマンド配車を利用することはある種の交通を無くしつつも、新たなタイプの交通を生み出します。とは言え、後者の交通はより小規模になる可能性があります。

ですが、真に安価なオンデマンド配車はさらなる影響を及ぼします。例えば、それは公共交通機関の需要を奪います。とは言え、バスの運転者にかかるコストもまたその移動コストの中で大きな部分を占めているうえ、その運転手たちも必要なくなるかもしれないので、バス料金も安くなるかもしれません。逆に言うと、渋滞が減るとバスが他の形態の交通機関 (自家用車とオンデマンドカーに加えて地下鉄) よりも魅力的な選択肢となるかもしれません。その乗車時間が短くなる (あるいは少なくとも、もっと予測しやすくなる) と思われるためです。このこと自体があらゆる形での雪だるま式の影響を及ぼします。結局、バスの運行が削減されて終わるのでしょうか? 周辺部のバス路線が廃止され、そうならなければ利用していなかったかもしれない人々を (もし利用可能であれば) オンデマンド配車へと追いやるのでしょうか? 市は人口密度が低めの地域において、バスの代替または補完となる自前のオンデマンド配車サービスを提供したり、あるいは助成金を出したりするのでしょうか? ロボタクシーは乗客が渋滞手数料を支払わない限り、交通量の多い地域の端にあるバス停で自動的に乗客を降車させる、ということもあるのではないでしょうか? その結果、この全てが渋滞へと波のように返ってきます。バスは車よりも高い密度で人々を運び、それによって満員のバスが車に取って代わることで、本質的にさらなる交通量が生まれるでしょう。しかし、実際にはバスがいつでも満員で走行するわけではありません。バス自体が渋滞を生み出すこともあり得ます (例として、ロンドンのオックスフォード・ストリートに特有の問題が挙げられます)。そして、特にオックスフォード・ストリートでは、バスが車よりも多くの人々を運んでいます。本来であれば多くの別路線に分けられ、もっと経由地が少なく、もっと効率的な路線を選んでいたかもしれない人々を、単一の路線に集中させているからです。もしもバスに乗っている50人が車へと切り替えれば、その全員が同じ道を同じ時刻に通ることはないでしょう。その一方、バスの固定コストによってバスが実用的となるための最低乗車レベルと最低乗車密度が決まります。これを (あるいは1名単位、あるいは10名単位の) より小型の車両へと分割することにより、「公共」交通機関がさらに多くの人々まで広がるかもしれません。

おそらくこれに関する最も有用な考え方は、オンデマンド配車がマーク付きで機械的メーター制のタクシーとカーサービスとの間に存在する違いを徐々に失わせているのと全く同じように、それがこの二つとバスの間にある違いを失わせているということです。乗客が5名の Lyft Lineの「Shuttle」とオフピーク時には乗客が10名となる市バスとの間にある交通動態上の正確な違いとは何なのでしょうか? バスが常に市営とは限らず、今日ではそれに類似する民営代替手段 (Chariot、あるいはMatatuなどを参照) もあるということを思い起こしてください。

ここでの論点は公共交通機関が車に取って代わることが本質的に良いことだとか、望ましいなどと提言することでは全くなく、私たちが望めばそのように代替できるになっているということです。また状況次第ではより安く、より効率的かもしれないということでもあります。そして実際に、「車」と「バス」 の間の区別が薄れるかもしれないということです。

  ロンドン交通局「オックスフォード・ストリート (バス乗車状況統計)」ロンドン交通局「ロンドンの交通輸送ニーズ」

次に、当然のことながら、ドライバーの存在があります。アメリカには23万人を超えるタクシーおよび自家用車のドライバーが存在し、長距離トラックドライバーは約150万人います。タクシーとオンデマンド配車のドライバーに何が起きるのかという疑問はあまりに広く、公の場で議論されてきたので、私がここで付け加えられる話はありません。ですが長距離トラックドライバー にはいくつかの興味深い意味合いが存在します (ここで私は地域内輸送ドライバーを除外しています。これは彼らにはトラックの運転以上のものが要求されることが多く、ロボット工学が全体として別の話となるためです)。長距離ドライバーの平均年齢は現在49歳で、毎年およそ9万人が業界を去っています。もっとも、そのうち半数は定年退職です。業界ではおよそ5万人のドライバーが不足していると考えられており、その数は大きくなっています。つまり、後任ができる以上の速さで人々が業界を去っています。トラックの運転は厳しいライフスタイルによって健康に悪く、不愉快な仕事となり得ます。このような訳で、この数字に関しては、現在のドライバー基盤のうち半数以上が10年以内に去っていしまうことになります。これは完全なレベル5の自律運転が実用化しているかもしれないと大半の人が考えている時期に重なります。短期的に見ると、レベル4の自律運転によってトラック運転はより魅力的になります。定められた回数だけ停止しなければならない代わりに、自分が必要とされるまでトラックの荷台で休憩できるためです。ですが、この推移について考えるための時間軸である20年から30年という期間で見ると、事実上、現在の全てのトラックドライバーがどのみち辞めてしまうでしょう (後継が生まれないものの、必ずしも誰かを直接的に失業させるというわけではありません)。その頃になってようやくトラック・ストップに注目が集まり始めます。トラック・ストップの話は、この記事の初めで行ったコンビニエンスストアの議論に私たちを立ち戻らせるものです。そしてその一方で、トラック・ストップ経営者たちは、物流業界が伝統的な小売業向けのサービスからeコマース (例えばAmazon) 向けのサービスへと移行することで生じるかもしれない、根本的に異なるトラック輸送パターンについてすでに考え始めています。

  アメリカのトラックドライバー不足アメリカ労働省労働統計局「アメリカのタクシードライバー」および「大型トラックドライバー」

(自律運転車はテック業界や製造業よりも、不動産や小売りの業界でより多くの億万長者を生み出すと、私はいまだ思っています。) 

これらの話の筋を全てまとめてみましょう。駐車場がなくなると、交通容量はおそらく数倍に増加します。そしてオンデマンドカーへの乗車がコーヒー一杯分のコストになると、単に車、トラック、道路についてのみならず、都市、土地利用、不動産について、はるかに広く考える必要が出てきます。実際、都市については考える必要があります。車は過去一世紀にわたって都市を作り変えてきました。そして仮に今、車が全く変わることになるのであれば、都市も変化するでしょう。

その結果、大規模小売店は土地コスト・輸送コストの利ざや、車で行って駐車したいという人々の意欲に基づいていますが、自律運転はそれをどのように変えるのでしょうか? とりわけ都心部で、駐車スペースの一部または全部が新しいニーズのために今後利用可能となったり、市場で投げ売られたり、全く違う場所へと移転したりする場合、都市はどのように変化するのでしょう? 「公共交通機関へのアクセス場所」が「あらゆるところ」となり、通勤中に交通渋滞がなくなるとすれば、あなたはどこに住みたくなるでしょうか? 渋滞がなく、道路を見る必要もない1時間の通勤は、ほとんど動かないまま目の前の車を眺めながるような渋滞に巻き込まれる30分の通勤と比べて良いと感じるのでしょうか、それとも悪いと感じるのでしょうか? もし駐車する必要がなく、オンデマンドカーの乗車が安かった場合、人々は暗くて寒い雨の夜に郊外の自宅から都心へとディナーを食べに出かけようとするでしょうか? もはや飲酒運転を心配する必要がなければ、田舎のパブには何が起こるのでしょう? そして、車があなたをどこかへ連れて行くあいだ、その車内で何をしたいと思いますか? 長ければNetflixとビール、短ければBATのタバコ。そして、救護ヘリの問題もあります。

 (自律運転車は自動車がしてきたのと同様、都市を変えると推測すべきです。それがまさに、この問題について考えるための出発点です。)

最後に、カメラについて思い出しましょう。自律運転車のほぼ全ての画像認識はHD画質による360°のコンピューター画像認識を伴います。それはつまり、全ての自律運転車がその周囲に起きる全てを見るようになることを意味します。運転には関係ないものであってもです。自律運転車は動く監視装置です。そのデータのあらゆる部分を保存し、アップロードすることはないかもしれません。しかしできるはずです。

言わずとも、2030年頃には、犯罪捜査する警察はただ周囲の建物から監視カメラ映像のコピーを入手するだけでなく、たまたま通りかかったあらゆる車からもセンサーデータのコピーを入手したのち、既知の犯罪者と照らし合わせて顔認識スキャンを実行するでしょう。あるいは、疑わしいものを見たと思しき同地域内の車がないかを単純に尋ねるだけかもしれません。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Benedict Evans

Ben はテック系企業に投資をする、シリコンバレーのベンチャーキャピタルである Andreessen Horowitz ('a16z') に勤めています。彼は何が現在起こっているのか、そして何が次に起こるのかについて考えています。

Ben のブログはこちら、毎年のプレゼンテーション、人気のウィークリーレターポッドキャストでの超早口、そして Twitter での独り言もあります。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Cars and second order consequences (2017)

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